2011/03/31

多言語社会・香港の言語事情――香港と北京語

最近、出張で香港に行ってきた。

空港や街中を歩いていればわかるが、香港は、欧米系の人はもとより、インド、アフリカなど世界中のさまざまな人々の姿をよく目にする。さすがグローバル都市、香港。比べるわけではないが、私はよく台湾にも行くが、台湾ではやはり、空港や街中でもっともよく目につく外国人の姿は日本人が圧倒的で、そして次に韓国人やタイ人、ベトナム人、インドネシア人という感じか。やはりアジア系が多い。また、最近は中国大陸からの観光客もとても増えている(これは香港でも同様)。

香港は生活水準は日本と全くと言っていいほど変わらない。いや、むしろ、日本よりコスモポリタン性に富み、ある意味便利で機能的にできている(というか、できすぎている)。イギリス統治の影響もあり、中華文化圏でありながらも、法や言論の自由があり、法治社会であることも、香港でビジネスをする日本人にとって利点とされているようだ。また、中華文化、とくに南方の中華文化とイギリスの文化がミックスされているので、家族のネットワークやサポートが強い一方で、欧米的な合理性やレディ・ファーストの精神がそれなりに根付いているので、現代の女性が自覚的に動きやすい社会とされている。(ちなみに、街中には働く香港人女性を支える家事労働者としてやってくるフィリピン人女性の姿がかなり多く目立つ。)

ただ一方で、香港は所得や職業による貧富の差がとても大きい社会でもある。日本もそうであるが、香港はまさに、エリートのホワイトカラー層とブルーカラー層とでは、明らかに住んでいるところ、食べるもの、ライフスタイルなどが全く違う。香港には、かつてより成功した中国大陸人も多いが、逆に大陸から逃げるようにやってきて香港下層社会で暮らす者も多い。

また、金銭による評価や待遇がけっこうシビアというかあからさまで、お金を払えば払ったなりの待遇で接してくれるが、ケチケチすれば、それ相応の待遇でしかないのは、まさに日本以上に徹底している。ホテルや住宅の設備なんかには、まさにそれがよく現れている(ちょっとケチれば、窓のないホテルや住宅なんかもごく当たり前)。しかも競争社会なので、息をついているひまもない社会でもある。

まあ、このようにプラス面マイナス面それぞれあるが、在住日本人に話を聞くと、香港は日本人にとって生活しやすい海外の一つであるようだ。たしかに、私自身、香港で暮らすチャンスがあるのなら暮らしてみても悪くない地域だと思う。

ただ、私にとって、香港でネックとなるのが言語。

香港はご存知のとおり、1842年のアヘン戦争によるイギリスへの割譲以来、1997年の中華人民共和国への返還までイギリスの植民地であったため、英語と中国語(広東語)が公用語とされ、職場や日常生活では英語がよく通じる。実際、日本人も含め、外国人にとって香港が住みやすい地域の一つであるのには、このように英語が通じ、英語ができれば全く問題なく生活できるのも大きな理由の一つである。

香港は1997年の中華人民共和国返還以降、公式には「中華人民共和国香港特別行政区」となったため、それ以降、公用語に北京語も加えられるようになり、北京語は一応、公用語のひとつとはなっている。

しかし、香港に行けば分かるが、香港で外国人が北京語を話すのはあまりいい顔をされない。やや見下されたような態度をとられる。たしかに返還以降、北京語は大陸とのビジネスや大陸観光客が多い空港や免税店、観光地ではよく通じるようになったし、最近は、「兩文三語」をスローガンとして初中等教育の場で北京語教育が始まっているが(香港の大学でも、香港人の学生を対象に、夏休みなど長期の休みを利用して大陸で北京語研修も行われるようになっているらしい)、香港における北京語の存在は実際にはまだまだリップサービス的な感じの位置づけにとどまっているような感じなのである(ちなみに香港の地下鉄でのアナウンスの順序は、広東語→英語→北京語の順)。

というわけで、私も香港ではあえて北京語を使わずに、片言の英語で乗り切っている。外国人、それも日本人が北京語を使おうものなら、距離をとられる。私も以前、返還後の香港にはじめて行った際に、タクシーに乗るとき北京語を使ったらむかついたような態度をとられた経験がある。香港では、むしろ、片言でたどたどしくてもいいから、外国人は英語で話した方が何倍もpoliteな態度で接してくれる。

ただ、香港人同士の会話や日常生活では主に広東語が用いられるため、香港社会にどっぷりとつかるには、やはり広東語ができた方がいいに越したことはない。

たしかに香港在住日本人の中にも、香港映画が好きで香港に住みついたなどという人は、香港は広東語だから興味を持った、広東語の響きが好きという人もいる。しかし、広東語を別に低く見るわけではないが、本来、広東語とはあくまで中国語の一方言の位置付けで、話し言葉が主体の言語である。広東語は、華僑・華人の世界では広く使われているが、国家・地域として使われているのは東京都の約半分の面積に約700万の人口を抱える香港だけなのである。なまじ香港は英語が通じるがために、外国人がどうせ同じ中国語を勉強するのなら、使用人口も多く、国際的にもパワーを持った言語である標準中国語(北京語)をマスターした方がという発想になるのは無理もないだろう。

香港も、英語はともかくとして、中国語の上位言語が広東語ではなく北京語だったら、私にとって仕事や生活をする上で、申し分のないほど魅力的な場所になっていただろう(世界中で幅を利かせている二大言語である英語と中国語(北京語)が両方ばっちり通用する地域といったら、最強だと思えるが。。。)。なので、私は個人的には、長く暮らすのであれば、香港よりはやはり台湾の方がいい。それに、たしかに仕事のチャンスや給料自体は香港の方に軍配が上がるのかもしれないが、台湾の方が北京語が通じるし、人の気質もフレンドリーでおおらかで人情味がある(香港でも北角あたりの庶民的な雰囲気は私は好きだが。。。。余談だが、あの春秧街のローカルな市場の中をトラムがのろのろと突き抜けて行く風景は私の香港のお気に入りのスポットの一つ)。

これは歴史的経緯や政治的背景も関係していることなので、うかつなことは言えないが、香港では中国語の上位言語が北京語ではなく広東語というのは、いってみれば、たとえば台湾が、中国語の上位言語が北京語ではなく台湾語(閩南語)の方が幅を利かせているというのと、同じような感じなのである(いうまでもないが、現在の台湾はそうではない。たしかに南部の高雄などでは、台北のある北部よりも台湾語(閩南語)のシェアは高いが、香港における広東語ほどではない。香港が実質上の公用語を広東語にできたのは、もともと広東人が中心の社会で、その昔、移民の多くが広東人だったからこそ可能であったのであろう。逆に台湾の場合、標準中国語(北京語)が「国語」とされたのは、戦後の統治者が日本から中華民国に代わったという政治的な理由以外にも、もとより香港以上にエスニシティに多様な社会であったことも大きかったからなのではないかと思われる。)

このような歴史的経緯や大陸に対するイデオロギーや住民意識の問題はあるにしても、香港も、中国語の上位言語が広東語ではなく北京語だったら、今のグローバル化の時代、「両岸三地」として中華圏がもっと一体化し、その強みを発揮できるのではないだろうかと考えるのである。